Kan-Kan の雑記帳


2004年9月29日

 27日の待宵月(14夜)は上る時に見ることができました。28日の名月は雨でしたが、それでも夜中に小雨の中で雲の薄い切れ間から姿を見せました。長い年月で雨の中で名月を見たのは初めてです。「雨月」というのは本当にあるのですね。今夜十六夜ですが、台風が来ています。でも、諦めてはいけません。

最近心に残った言葉

 「女に対して常に成功を収める男の武器は、美貌でも教育程度でもなく、ましてや社会的地位や経済力ではまったくなく、ただただ言葉の使いようにあると思っているのは、私だけではないに違いない。」 (塩野七生)

 確かにそうかもしれない。「冬ソナ」のヨン様にしびれているおばさま(失礼)のご意見を伺うと、顔でも眼鏡でもない、あのセリフがいいの、という方が多い。よっしゃ、言葉を磨こう!

最近読んだ本

 「グリーン・マイル」  スティーブン・キング

 毎月1冊、分冊刊行された作品も第5部「夜の果てへの旅」第6部「闇の彼方へ」で完結。とても長編とは思えない緊迫した展開の連続でした。午前3時に読み終わってどっと疲れが出ると同時に、満足感も大きかったです。

 非現実な話を巧妙な語り口で見事に納得させる作者の力量。不思議な力を持つ死刑囚、ジョン・コーフィはその力を最大限に活かした奇跡を連発して幾多のトラブルを解決した後、語り手である主人公にそれを託して電気椅子へ続く緑のリノリウムの廊下、「グリーンマイル」を歩いてゆきます。

 第1部で提示された双子の少女殺しの大きな謎も解明され、登場人物のその後もすべて語られて、そして、なお残る人生の不条理への重い思い。

 「助けられないこともある、助けてはいけない事も時もある・・・」それを具体的にドラマで提示してくれました。

 最後の一文「ああ神よ、時にグリーンマイルはあまりにも長すぎる」人はすべて、ある面で死刑囚なんですね。最後の場面で主人公は104歳です。

2004年9月26日

 暑さ寒さも文字通り彼岸まで。彼岸花がしおれて、月が満ちてきて・・・名月は28日。古市のギャラリー「木苺」の陶芸展を覗くと、テーマは萩、ススキ、桔梗、竜胆・・・秋の草花が咲き乱れ、一足先に秋一色でした。

 読書の秋、夜長の週末は心置きなく読書できます。調子に乗って朝4時まで読み耽ってしまいました。早朝の風が心地よい。

 週末のもひとつの楽しみはアーカイブス。NHKのなつかしいドラマ「御宿かわせみ」。沢口靖子、高島礼子、舞台では新玉三千代さんまで演らはったけど、やはり初代の真野響子さんの「るい」さんは素敵でした。豪華な脇役(山口崇、結城美栄子、田村高広、、河内桃子・・・適役名演)NHKにしては過激なセリフ、ベッドシーンならぬ「布団シーン」もあって、いい雰囲気を出しています。「オール読物」の原作は連載が長くなりすぎて、最近読んでいませんが、収拾がつかなくなってきているようですね。


最近読んだ本

 「アフターダーク」 村上春樹

 最新作はまた凝った造りです。神のような作家イコール「私たち」の目。真夜中から夜明けまでの都会の片隅を舞台に、幾人もの魅力ある登場人物が微妙に交差し、すれ違う。そして、ヒロインの片割れは眠りっぱなし・・・。文章のキレは相変わらずですが、人間存在の根源に迫る(?)村上ワールドのパワーは少し落ちているようです。

2004年9月25日

 友人のトライアスリートが世界大会(ハワイ)の出場権を得て、その壮行会で、アベノのいつもの店で、気持ちよく騒ぐ。12時半頃機嫌よく帰宅したら、まだ息子が帰っていない。珍しい。ちょっと心配。しばらくして、私よりもっと酔った息子がもっとご機嫌でご帰還。急に酔いが醒めて来て、この酔っ払い、ええかげんに飲みやと説教を始める。息子も、お父さんにだけは言われたくない!とめずらしくハイテンションで反論。腹が立つ。嫁ハンは笑っているだけ。

 翌朝、息子は二日酔いで苦しんでおりました。ザマーミロ!午前様になるまで飲むなんて10年早いんじゃ。


行く人来る人

 白石一郎さん(作家、肺炎、72歳)

 何度も何度も直木賞の候補になり50代で受賞してから、一気に人気作家に。海洋時代小説という新しい分野を開拓しただけでなく、捕り物帖などにも安定した筆を揮いました。故郷、愛媛は海賊の活躍した地でもありましたので作品には親近感を覚えていました。最後まで東京へは出ず、福岡で活動したのも地方作家のハシリと言えました。双子の息子さんお二人共作家になっていたとは知りませんでした。

 フランソワーズ・サガン(作家、心不全、69歳)

 最初に読んだのは「ある微笑」でした。学生時代のある時期結構はまっていました。そして映画「悲しみよこんにちわ」「ブラームスはお好き」・・・ヒロインの髪型セシールカットがまだ生きていました。18歳での華々しいデビューから50年、ブルジョアに生まれつき、若くして才能と名声も更に得てしまったことが決して幸せとは言えなかった・・・クスリ、スピード、ギャンブルに溺れた半生や笑顔の少ない写真を見て、そんな事を思います。


最近読んだ本

「熱海殺人事件・売春捜査官」 つかこうへい

 今回の木村伝兵衛部長刑事はなんとうら若き美女。例によって過激なセリフと急激で無理な展開で強引に客を引っ張ってゆくのですが、この劇作家のセリフは好きではありません。軽薄のウラに、故郷への思いや、民族意識があるのはわかるけど、言葉を弄び過ぎだと思う。初期の「ストリッパー物語」の時代から舞台も見ているけれど、感動をおぼえたことはありません。ただ、俳優達が彼の作品に出たがる気持ちはわかります。ところどころに光るセリフがあって、発散できるからでしょう。 

2004年9月20日

 19日、天気予報が外れてたいした雨にもならず、ほな、出かけてみようかということになりました。近場にあるのに、今まで縁のなかった堺の「ハーベストの丘」。

 ちょっと雨は降ったけれど、緑たっぷりの、コンパクトな施設に満足。牛、馬、羊などと久しぶりに接しました、なにより、たくさんの幼い子供達を見たことが新鮮でした。動物に触れ、遊具に飛びつき、芝生でじゃれる、その無邪気な笑顔、目の輝きに心洗われます。早く孫がほしいね、こういったとこへ連れて来てやりたいと夫婦でつぶやきあったことでした。

 20日、5年前に亡くなった姪のお墓参りに京都へ。彼女が好きだった黄色い花をふんだんに。最近出来たお墓は姉の家から2分の寺の境内の小高い丘にあり、竹林に囲まれた静かなところ。京都は石室に納めるとき、骨壷から遺骨を木綿の袋に移すのだそうで、その袋を縫うのも姉にとっては辛い作業だったようです。若い娘に木綿だけでは可哀想というので、庵主さんのご提案で姪が愛した中国の絹で更に包んで納めたそうです。

 帰路は24号線を南下して奈良へ。ちょっと寄り道して不退寺(ふたいじ)へ。別名、業平寺(なりひらでら)。この小さな寺、ダイスキです。JRの踏み切りから木立を抜けて山門にいたる風情がなんともいえずいい。寺のちょっと荒れたたたずまい、なんといっても本堂の甍(いらか)のうつくしさ。伸びすぎた木々に包まれた境内は、京都ならみすぼらしく見えるかもしれないけれど、奈良ではのどやかに見える。本堂の聖観音もきよらか。受付でつり銭を間違えはったのがおばあちゃんで、本堂で一本調子の説明をしてくれたのが息子のご住職、山門で捕虫網を持っていた男の子のがお孫さんと見ました。すべてにおいて好きな寺です。

 そこから東へ5分で般若寺。コスモスはまだ早いので、寺前の植村牧場へ。ここの牛乳とアイスクイリームがおいしい。障害者の方を多く雇用しているのでも有名です。このあたりは江戸の雰囲気が微妙に残っていて、奈良でもまた独特の雰囲気がある地域。あちこちの道端の彼岸花も古都の風情を醸し出していました。

2004年9月17日

 プロ野球選手会のストを支持します。長年、ファンと選手を軽視してきたプロ野球組織はここで猛省すべきです。また、ライブドアや楽天にも門戸を開くべし。インターネットの参入で、新聞が売れないなどというのそれこそどこかのお家の事情。

 いつの時代にも、その時勢いのある企業がプロ野球経営に関わってきました。東映、松竹、大映などの映画会社が持っていた時代(懐かしい!)もあります。ま、これだけ意見が出、企業も出てきて、おもしろくはなりました。これがプロ野球全体の活性化に繋がればいいですね。古田がんばれ。でも、藤井寺球場が消えるのがさみしい。

映画ダイスキ

「LOVERS」

 「HERO」に続くチャン・イーモウ監督の新作はまたも武侠映画。しかも美男美女を揃えて、アクションと共に激しい愛を描くというのですから、ちょっと期待して出かけました。

 期待通りの美しい映像、独特の色の使い方(特に赤、緑)、ワーヤーアクションも迫力満点、めちゃ美しいイーモウ映画のヒロイン、チャン・ツィイー、美丈夫、金城武、アンディ・ラウ・・・美しい主題歌を歌うのはオペラ界の名花キャスリーン・バトル・・・なによりすばらしいのは衣装のワダ・エミさん。絹や金糸をふんだんに使った主人公達のコスチュームの美しいこと。特に豪華料亭での舞踏シーンは圧巻です。

 舞台は唐代末期、朝廷より反乱軍討伐を命じられた拿捕吏の若者二人と、討たれた反乱軍の首領の娘で、復讐に燃える盲目の美しい美妓・・・セッティングも申し分なし・・・。タイトルの後ろに見える「謀」の漢字が展開を垣間見せもします。

 しかし、これだけスタッフ、キャストも揃って、息もつかせぬ展開で、一気に見せる映像技術もすばらしいのですが、どこかぴたっときまらないもどかしさを感じたまま映画は終わってしまいました。主人公の愛を失った哀しみも共有できないままに・・・。

 アクションと謎解きに追われて、二人の恋が燃え上がる過程がきっちり描かれていなかったからか・・・それもあるけれど、クレジットの最後の献辞を見て思い当たりました。

 「アニタ・ムイに捧ぐ」。衣装まで出来ていたのにクランクイン直前に癌で亡くなった女優(40歳)の不在が大きいのです。「LAVERS」は本来二組のの恋人達の話だったのですね。それを強引に三角関係に持ってきたところから無理があったのでしょう。確かにしぶいアンディ・ラウと若いチャン・ツィイーの組み合わせには無理を感じました。アニタ・ムイがやるはずだった役は、チャン・ツィイーの姉貴分のカンフーの名手という設定。でも、これって「グリーン・デスティニー」と同じやん!

 ま、次作は本来(?)の文芸路線に戻るというイーモウ監督。今度は期待を裏切らんといてね。 

2004年9月16日

 栃木県の幼児誘拐事件、兄弟の遺体発見という最悪の事態に。それにしても、被害者の親として記者会見に現れた男親に、違和感、怒りを感じた人もいたことでしょう。私もそうです。被害者面すんな!あんたも共犯やろ!とテレビに向かって叫んでいました。金が無いからといって、後輩の住まいに居座り、金も払わず、いい部屋を取り、後輩が息子達を虐待したと知って後輩を殴り倒す・・・それがどんな結果を生むか、そんなことも想像つかないバカ親に引き回された子供二人が可哀想でたまりません。

 人のことはえらそうに言えないけれど、あまりにひどい親の様子を見聞きすることが多い昨今です。仕事柄、身近にも、虐待ではないかと思う事態もあるけれど、そういう時は通報の義務があることも知っているけれど、土壇場で親を庇う子供を見ると怯んでしまうのも事実です。明日の世代を憂えずにおられません。年なのでしょうか?

最近読んだ本

「そしてこうなった」  佐藤愛子

 老いてなお盛ん。身近なことを描くことから、その向こうにある時代を、世相を、憂えながら前向きの怒りのパワーで切り倒す。周囲を巻き込みつつ、へこまず、発散することも忘れない。そして、この人の賢さは自分の愚かさや老いををきちんと客観視出来て、しかも笑い飛ばせること。さすが関西人です。上質のユーモアに更に磨きがかかってきました。

「沈船検死」 曽野綾子

 こちらは一転、小骨の多い歯ごたえのある社会派、それも全世界に視点をめぐらすエッセイ。いつも共感することも多いが、あれ?と思いつつ、最後に納得させられてしまうことも多い。特に中東情勢の分析には、こんな見方もあるのだと知ってよかったと思わされました。

 日本の自殺者の問題について「素朴すぎる話だが、私はいつも日本の自殺者の多くに、原初的な不幸が欠けているような気がしていた。つまり原初的な不幸が無いから、生きる気力も無いのだし、原初的不幸がこの世に存在することを知らないか意識しないから、不幸な他人と比べて自分は幸福だ、文句は言えない、と思えないのである。」同感。想像力の問題でしょうか・・・。

 題名は例の北朝鮮籍の沈んだ不審船(工作船)を引き上げたものの現場検証に立ち会った時の体験。独特のすごい匂いがするのだそうです。行動する作家の面目躍如です。 

2004年9月15日

 宅間死刑囚の刑執行にいろいろ異議が唱えられていますが、冤罪の可能性も無く、本人も刑執行を望んで、裁判まで準備していた(そんなんに税金使うな)というのですから、「早すぎる執行」ということはないでしょう。自分で死ねなくて、幼い多数の命を道連れにした卑怯なやつです。反省、改悛する力の無いものも残念ながらこの世にはいるのですね。

 でも、憎むべき対象を失って、遺族には新らしい苦悩が始まります。5年前に中国で娘を殺された姉の場合がそうでした。

2004年9月12日

 北海道産のジャガイモ、30種類もあるんですって。で、現地の農家は何を食べるのだろうと聴いてみると「農林1号」という品種だと。しらない。市場には出回らない。おいしいのに、形がでこぼこして剥きにくいから・・・。うーむ。先日亡くなった渡辺文雄さんの思い出話です。本人は肝臓癌を知っていて、家族には知らせなかったそうです。

 島倉千代子さん。学童疎開で割れた一升瓶で大怪我、左腕の感覚を失っていたのに(そういえばマイクは右手に持ってはる)、98年に乳癌の手術をしたら、50年ぶりに左腕の感覚が戻ってきたのですって…。人体の、人生の不思議。

行く人来る人

種村季広さん(ドイツ文学者・評論家、胃癌、71才)

 博覧強記のツワモノでした。俳人でもありました。号は陶四郎。辞世に近いもの。

「こら空を 剥がすな空の 裏も空」

 同じドイツ文学者の池内紀さんの追悼文の最後「空のかなたにいなくなった人の実感はさらさらないが、この世よりもあの世組が多くなったのはよくわかる。おっつけ、なじみの仲間に加わることとしよう・・・。」

水上勉さん(小説家、肺炎、85才)

 独特の社会に対する姿勢、反骨精神、弱いものへの温かい眼差し、それは厳しい生活体験から来た、骨太のものでした。9歳で口減らしの為、京の寺に送られ、やがて出奔、還俗、大学中退し、30種余りの職を転転、恵まれた幼い男の子と生き別れ(数十年後に偶然再会)、障害を持った娘を育て・・・。それらの深い体験を文学に昇華してゆきましたが、その作品は哀切で土と涙の味がします。亡くなった長野県の山荘には「常不在」という表札が掛けられてあったそうです。

2004年9月10日

 風台風18号が残した傷跡。たくさんの死傷者、梨、りんごの落下、厳島神社の建物損壊・・・故郷に電話すると、庭の檸檬の木が根元から折れたのだそうです。あんなに大きな木が・・・。裏庭は今、倒木に塞がれて通れないし洗濯物も干せないとのこと。いつも、帰省する度たくさん檸檬の実をもいで、持ち帰って、職場の仲間やテニス仲間に配っていました。無農薬のレモンは香りが高く、焼酎好きの友人達には楽しみにしてもらっていました。

 ちょっとショックでそのまま受話器を置いてから、慌てて掛け直す。それで、家やみんなは無事やったん?なにせ海向かいの広島では瞬間風速60メートルを記録したのです。母が苦笑しながら、話すことには、飛んできたモノでガラスが割れて、弟が雨の中、ベニヤで塞いでくれたのだそうです。弟は自警消防団員でもあり、忙しい思いをしたようです。

 台風一過、いよいよ秋が来ました。ひと夏咲き続けたプランタのラベンダーが色あせて、門柱に這わせた夕顔が今夕は3輪。郊外では「彼岸花」が咲き始めたとか。まだ夏の名残が強いのにと思っていると、7月が暑すぎて、花はそこを盛夏と思って計算して開花が早くなっているのだそうです。彼岸まで持ちますように。

 前に書きました藤井寺の小さな居酒屋。7月から閉めています。覗いてみたら、「おかあさん」がひとり、奥の暗い部屋でクーラーもつけず、映りの悪いテレビを見ている。この暑さにだれも「どて焼き」買うてくれまへんよって、涼しくなるまで閉めてますとのこと。なるほど。大和の下市に住む姪が、面倒見たるから帰って来いと言うてくれるけど、もう少しがんばってみたいとのこと。それもいい。よう来てくれたとビール1本、出してくれる。グラスも冷えている。固辞するのをむりやり300円払わせてもらう。また定期的に、今度はアテを持参して覗いてみるつもりです。

2004年9月8日

 台風、地震、テロ・・・なんとあわただしい今年の晩夏でしょう。
5日の連続地震は、嫁ハンの梅田スカイビルでのコンサートの夜の部開始直後の出来事でした。

最初の一曲が終わってすぐの揺れでした。
36階で、耐震構造のためゆっくり横揺れするようになっているようで、

約10分、大きな船に嵐の夜、乗ったような揺れが続きました。
僕自身はすでに酒に酔っていたのでなんともなし(笑)。

その間、嫁ハンがおしゃべりで繋いだので、トラブルはなかったのですが・・・嫁ハン、がんばった!

(裏方さんは照明機材を抑えるのに必死、電源は2度ショート)

1階上(37階!)のレストラン「燦宮」では、客が出口に殺到、
エレベーターは動かず、みんな非常階段を歩いて下まで降りるという騒ぎだったと後で聞きました。


ショーは、やはり全体の動揺が残り、昼の部ほどの盛り上がりには欠けたようです。
プログラムもかなり変えていましたが・・・
ま、思い出に残るものにはなりました。
大人のお客が多かったので救われました。

非常用のエレベーター1機で皆さんお帰りいただき
うちは息子に迎えに来てもらって、地下一階の搬出口で荷物、花を積んで
車で帰りました。

疲れて眠り込んだ途端、また揺れて・・・(苦笑)、飛び起きて、タンスを押さえて・・・
まだ、タンスが一棹ずれています。



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