Kan-Kan の雑記帳


2009年9月30日
 
 「 秋の蚊の こんな小さきに 惑わされ 」 
 
        新聞俳壇から   岡山市 伴さん
 
 ほんとに一匹の蚊になやまされる季節です。ところで今日は十二夜ですね。
 
 もうひとりの行方不明の生徒から連絡あり。今日の彼の出身中学の体育祭(雨で午前のみ実施とか)に、予想通りに姿を見せ、頼んでおいた旧担任の先生が、高校の担任の先生から何度も問い合わせあったで、連絡しいや、と言っていただいて、その結果です。U先生、ありがとうございました。
 
 両親は故あって、大阪におらず。いろいろ大変な事情があって、本人はひとりであちこち漂っているらしい。でも、連絡がついてよかった、携帯番号も聞き出し、これで半歩前進です。
 
 読売寸評から
 一審の死刑判決が二審で無期懲役に。
 
弁護側の「被害者は即死し、苦痛の時間はなかった」
     「市長は3期12年務め、志半ばで世を去ったわけではない」
    という主張(私が遺族側なら、椅子を投げている!)は否定されたが
    「被害者はひとりにとどまっている」という主張を認めたのは事実。
 
 ひとりくらいなら死刑にはならない、そんな誤ったメッセージにならないか・・・。
 
同じく読売夕刊の 作家 藤原智美さんのエッセイから
 
(酒井法子被告のDJパフォーマンスの映像から)
 
 だいいち他者を引き込むくらい発散される歓喜の感情など、そう訪れるものではない。それが普通。いつも肯定的で前向きであること、感動を求めることばかり求める最近の傾向は、却って体や心をだめにしそうな気がする。 「のってる?」「がんばってる?」の問いに、たまには「のってないよ」「がんばってないよ」と答えてもいいんじゃないかなあ。
 
 のりピーだって、薬を使わなくたって、あれくらい感情を発散させることは不可能でなかったはず。不幸なのは常にそれを求め続けたこと。そこに今という時代の怖さが見える。
 
 そう、無気力な反面、のっていなければならない、という今の時代の怖さ・・・わかるように思います。
 
 行く人
 
庄野 潤三 さん(作家、老衰、88才)
 
 小学校時代、父の本棚からこの本を抜き出して読んだ記憶があります。きっと水着、美女、Hな場面・・・という妄想に駆られていたはず、でも、全然・・・。暗くて重い話で、がっかり。それから半世紀、作者がこの作品を書いた年齢も遙かに超えて、この作家に触れず仕舞。深く反省して、近々拝読するつもりです。
 

 

最近読んだ作品

 

「別れの手紙」シリーズ 連作7の4

 

「ドンツク囃子」 瀧澤 美恵子

 

 草食系の男子、榊(名前のとおり、地方出身の神社の息子)がほのかな思いを寄せるのは、同僚で、都内の仏壇屋の娘、容子。神サンと仏さんの取り合わせの面白さ。

 

 思いはお互いわかっているのに、煮え切らない榊に業を煮やして、容子はお寺へ嫁いでゆく。榊クン、好青年だけど、これじゃあ、あかんわ。いわゆる草食系のはしりですね。

 

 榊に好意を寄せて、恋の邪魔をする同僚のお局さま、奥村さんがリアルで印象に残ります。


2009年9月29日
 
「 わが胸に しがみつきたる ばったかな 」
 
 新聞俳壇から 多摩市 岩見さん
 
 この感じ、わかります。ぱっと掴んだら、細い脚だけ残ったりして・・・。
 
 月曜朝、地下鉄を上がって、近畿道高架下の広い無料自転車置き場に行くと、なんか様子が変。見ると自転車の鍵が壊されている。それにしてはj自転車を使った形跡がない。単なる嫌がらせか?そのまま乗って職場に行ったけれど、なんや気持ち悪い。しゃがんで鍵を切っている怪しの人物の手が、指紋が残っているみたいだ。
 
 夕刻、行きつけの自転車屋さんで鍵を付けて貰おうと、家まで自転車を走らせる。久しぶりの大和川の土手。でももうチェーンも重緩くなっていて、ペダルも重い。なんせ上の息子が高校時代に通学に使っていら古い自転車。
 
 そこで、ふと思いました。
 
 犯人(達)は、土曜の夜か、日曜の夜にコトに及んだはず。そして私の自転車の鍵を外したものの、あまりのボロさに乗るのを諦め、周囲の自転車を盗んでいったのではないか?だから、いつもの隣の数台が無く、がらんとしていたんだ!とすれば、気の毒な話・・・。
 
 途中で雨に遭い、やっと、辿り着いた自転車屋は定休日。でも、無事だったからよしとしましょうか。
 
元巨人、V9戦士のひとり、土井選手が膵臓癌で死去。苦しかったことでしょう。長嶋、王という輝く大スターを陰で支えた、いぶし銀の名脇役でした。同僚だった黒江選手の「あの世でまた三遊間を守りたい」という言葉が胸に沁みました。
 

最近読んだ作品

 

「別れの手紙」シリーズ 連作7の3

 

「緑かがやく日に」 高樹 のぶ子

 

 結婚式を控えたひとり娘に母親が送った手紙。父親は既にない。自分をF子として客観的に語られる話は秘められた両親の過去だった。

 

 都会の生活に疲れ、故郷に帰ったF子をやさしく迎えてくれた親友の秋子夫妻。しかし、F子と秋子の夫は強く惹かれあってしまう。密会。秋子の妊娠、出産、秋子の疑惑、錯乱、自殺・・・F子は後妻として家庭に入り、そして亡き親友の娘を育て上げる。

 

 こういう男女の葛藤を描かせると高樹さんはダントツにうまい。

 でも、肝臓がんに冒された夫が死ぬ前に娘に告白しようとするのを押しとどめ、夫の死後、娘の結婚を機に手紙で告白というのはどうかなあ。すべてを自分で背負い込んでゆこうとする気持ちはわかるけれど、やはり夫に言わせるべきだった、と思うのは私が男だからでしょうか・・・。


2009年28

 

「この星に 散らばる地雷 曼珠沙華 」 

 

      新聞俳壇から   調布市 岩本さん

 

どこか死の匂いのする花に、地雷を連想するー美しくて怖い句です。

 

小林さんに関する記事に、さらに追加情報いただきました。紹介させていただきます。Oさん、本当にありがとうございます。

 

 「秩父山中 花のあとさき」の小林ムツさんはご主人を亡くしてから、風や、猪等が雨戸を鳴らす音に敏感になったと言われていました。そして、年老いた身体に鞭打って、棚田のような畑にハナモモ等の花木を一生懸命に植え付けておられました。
 
 秩父の山中までも、道路が付いてから、農家の人達や子息は皆、町へと出て行き、今では4軒の家が残るのみと寂しそうでした。でも、畑を花や木で一杯にして山に返すと、通じた道路を使って、遠くからでも、花木や景色を観に来られるだろうとの一念で、畑を山に返し続けておられました。
 
 その一途さには心打たれて、心が洗われました。亡くなられて後、今春には、美しいハナモモの花々が咲き誇り、ムツさんを慰めている様でした。そして、ムツさんの遺志を継いだ近所のお爺さんが、今も花木を植え続けておられるそうです。
 
 今も、ムツさんの家には訪れる人が絶えることはなくて、庭先の簡素な祭壇に線香を手向けて帰るそうです。NHKは何年もの間、ムツさん夫婦の生きた証を撮り続けていたんですね。素晴らしいドキュメントでした。
 
 4軒だけ残っているのですか・・・。いわゆる「限界集落」ですね。いろんな木を植えておられたのでしょうが、ハナモモいう選択がいいなあ。
 
 それと、訪れてくれるたくさんの人々の存在があるのがいい。大都会東京から2時間余りです。地方や離島の小さな村にも、このようなエピソードがあるように思いますが、ひっそりと消えてゆくのでしょうね。
 
 胸に沁みる話です。故郷の村も、たくさんの蜜柑畑が「山に返され」つつあります。
 
 先日、ジャズナイトの前に、わが家で同僚達と「家呑み」していた時の話。
夜勤明けの息子が帰ってきました。挨拶などして、息子がシャワーを浴びに席を外した折、
 
 センセ、いつもあんな風に息子さんを迎えるのですか?
 え?なんて言ってた?
 「おかえり、ごはん食べたか?」と訊かはったでしょ?やさしいな、と思って・・・
 
 そんなこと意識したことなかった。いつも不規則な勤務、生活をしている息子だから、ついそう言ってしまうのでしょうか。いや、ずっと前からそう言っていたような気がします。
 
 つまり、親の心配って、「子どもの体、健康状態ー腹をすかせていないか」、そこに尽きるということなんですね。まだ独身の若い二人の同僚もきっとそのうちわかることでしょう。
 
 冷蔵庫の中にはいつも、何かすぐに口に入れるものがちょっとあるようにしています。
 
 いったい何人、行方不明の生徒がいるのですか?というお問い合わせ。正確にはうちのグループで2名。学校全体では5人くらいかな。これは偶々、うちのグループが入学3年目で来春卒業の目処が立たない生徒で構成されていて、それだけ、不登校の生徒、成績不振の生徒、複雑な事情を持った生徒が集まっているというだけです。ご心配いただいてありがとうございます。
 
 ただ、モチベーションの問題を先日の初対面の生徒の登場で痛感しました。顔を写真でしか知らない、声しかしらない、生徒、保護者に対し、まず「思い入れ」しにくい。なかなか信頼関係が結べない。一度でも会って、話をすれば違うのでしょうが・・・。それが一番の悩みです。
 
 自民党総裁に谷垣さん。麻生さんより遙かにマシ。もっと早く出てきてもよかったですね。却って今の方が、思い切ってやれるかも。ただ、挙党一致もいいけれど、中曽根、小泉、森さんあたりにはもう引っ込んでもらった方がいい。きちんと小泉改革の総括が出来ていないのも課題。
 
 若手議員の焦りもわかります。若返りは大事。でも、民主には小沢さんという海千山千の古狸が健在だしなあ・・・。
 
最近読んだ作品
 
 「乳と卵」 川上 未映子
 
 138回の芥川賞受賞作。大阪出身で東京の下町で暮らす30代?のヒロインを大阪から姉と、その高校生の娘が訪ねてくる。
 
 離婚してホステスをしながら娘を育てている姉は、豊胸手術を受けにきたのだ。娘はモノを言わず、筆談しかしない。
 
 乳首にコンプレックスを持つ姉、母の在り方に反発し、生理を嫌悪し、女に、母親になりたくないと抵抗する感受性の強い娘、ふたりの間でふりまわされる「私」。卵は排卵を表しているのでしょうが、冷蔵庫の卵が小道具としてうまく使われ、それを自分の頭で割合って母娘が近づくシーンがクライマックスです。
 
 大阪弁での会話、娘のメモの若者言葉を駆使して、独自の空間を作っています。好きとは言えないけれど、印象的な作品です。
 
 作品そのものより、作者のプロフィール、北新地でホステスをしながら弟を大学にやり、自分も後に大学で哲学を学ぶ、歌手でもあり、美女、2作目で受賞・・・という話題が先行した感じもあります。じっくり作品を暖めてほしい。卵のように・・・。

「別れの手紙」シリーズ 連作7の2 

「 家並みのむこうにある空 」 鷺沢 萠

 

いわゆるダメ男に次々関わって、堕ちてゆく女「千夏」。同情と愛情の区別がつかない、自分がいてやらないとだめだ、と信じている・・・。覚せい剤常用の愛人に裏切られ、秋子は今度こそ「普通の男」と付き合おうと決心する。そして、啓一と出会う。しかし、啓一の寝息ひとつに耐えられなくなっている自分に愕然とする。千夏は深夜のアパートからフラフラと出てゆく・・・。

 

「そうして、突然千夏はあることに気づいた。今度好きになるのは普通の人がいい、などと願い、それが叶えられないのは自分の不運のように思っていたが、それは違うのだ、と。叶えられないのは、自分自身が普通でないからなのだ。」

 

深夜のファミレスで啓一に別れの手紙を書く。そこへ啓一が駆けつけてくる。冬の夜明け。ふたりはどうなるのか?やっていけるのか・・・。

 

「普通」の意味がわからなくなってきている現代です。


2009年9月27日
 
「 木の間より もりくる月の 影見れば 心づくしの 秋は来にけり 」 
 
          古今集 秋上             よみ人しらず
 
 ずっと「もれくる」と思い込んでいました。源氏物語にも引用されている名歌。上の句と下の句のバランスがいいなあ。「コ」と「イ」の韻も。次の週末はもう仲秋の名月です。
 
 大型連休のすぐ後は、公私とも忙しい日々で、HPの更新も出来ずでした。
 
 まず、前期末の成績を受けての3者懇談。父親の仕事の都合で午後7時半なら来れるとのこと。今の時代、来てくれるだけでありがたい。喜んでok。
 
 小学校低学年の弟も一緒に来校。可愛い。それにしても、18才を頭に4人の子どもを男手ひとつ(奥様は昨年病死)で育ててはる。大変やろなあ。洗濯、掃除はもちろん、弁当作りもお父さんが全部やってはるらしい。
 
 サボり気味で単位をほとんど取れていない生徒に、もっと家の手伝いをせんとあかんで、と説教。もう、親の苦労がわかる歳のはずです。
 
 8時に懇談を終えて、地下鉄に飛び乗り、自宅最寄り駅を通過して、かつてのスイミング仲間が網を張っている富田林の居酒屋に直行。毎月の例会をもう3ヶ月もパスしていたので、非難囂々。ペコペコ謝って、駆けつけ4杯呑んで酩酊。
 
 担当グループの行方不明だった生徒が突然登校。タバコの匂いが紛々。高校生の匂いはしない。実は初対面。本人も1年以上登校していないという。この4月にチューター(担任)となって、家庭訪問したら、もう引っ越した後だったのです。
 
 教室に入れて自己紹介してから、懇談。
 
「それで、今日はどうしたん?」
「連れ(友人)の連れから、先生が、探しとった、心配しとったという話を聞いて・・・」
 
 大阪にはいて、一人暮らしして働いてはいたらしい。
 そうか、実はな・・・家にも行って、友達にも当たってけれど、連絡が付かず、授業料も溜まりに溜まって、退学手続きも出来ず、仕方なしに、保護者の了解もなしに、除籍の手続きに入るところなんやで、と経過を説明。
 
 はじめ尖って、固い表情だったが、だんだん目がやわらかくなってくる。同僚が心配して廊下をうろうろしてくれているので、大丈夫と目配せ。
 
 個人ロッカーの中身など確認させて、よう来てくれたなあ、でも、気の毒やが「出校停止扱い」になるから、生徒としてはもう登校出来へんのやで、というと、素直に頷いて帰ってゆきました。
 
 ややこしい事情があるという家族のことは、聞かず仕舞でした。教師とはいえ、初対面でそこまで突っ込むことはできません。もう会うこともないでしょうが、後ろ姿に、体に気ぃつけや、と声を掛けたら、手を振って去ってゆきました。
 
 爽やかに晴れた一日。秋の卒業式。今回は7名。3年半から5年半かかって、卒業単位を揃えた生徒達がほっとした顔つきで巣立ってゆきました。少人数でも体育館は3月と同じ仕様で飾り付け。
 
 でも、厳しい就職戦線。みんな進路未定です。
 
 その夜は恒例のご苦労さん会。なぜか?ここんとこ2次会は私が主導するハメに。この日も午前様。
 
 土曜は朝から、元同僚で、敬愛するコンピュータの神様Hさんが家庭訪問に来て下さる。パソコンをあちこちチェックして、書きっぱなしだったこのページを月毎にまとめるやり方を教えてくれる。なかなか憶えられない。ごめんね時間がかかって、と謝ったら、いやいや毎日「情報」の授業でやっていることと同じやから心配せんといて、と慰められる。感謝、感謝。
 
 午後からテニスで酒くさい汗を流し、午後5時。同僚2人と古市駅で待ち合わせ。「羽曳野ジャズナイト」へゆく約束でした。軽く駅前でいっぱい引っかけてゆこうぜ、と言っていたのですが、いつもの店が開いていない。慌てて、スーパーで買い物。ウチで1時間だけ呑むことにする。「家呑み」はやはり安い!たっぷり呑んで、タクシーでリック羽曳野Mホールへ。ここは前にも書きましたが、パイプオルガンも設置されている立派なクラシック向けホール(市民カラオケ大会もやっていますー苦笑)。
 
 客の入りがイマイチだったのと、クインテットにしては広すぎる舞台空間が気になりましたが、演奏は盛り上がり、3人とも充分楽しめました。ロビーでワンショットサービス(チケット代は2000円)という市役所らしからぬ?サービスも好評。アンコールは好きな「サテンドール」。いい気分で今度は「歴史の道」をゆっくり歩いて駅前へ引き返し、いつもの美人女将の居酒屋でまた呑む。盛り上がる。
 
 日曜はさすがに反省。おとなしく掃除をしたり、故郷から届いた葡萄を友人宅に配ったり、地元の祭囃子(来月初旬)を聴きながら読書。
 
 「サテンドール」で思い出しました。タカラヅカの舞台で大浦みずきさんと安寿ミラさんが、この曲テですごいダンスを見せたことがあったっけ。先日、この欄で書いた大浦さん、お父さんの阪田さんが亡くなられた直後に発症されて闘病中と、情報をいただきました。神サンはイケズなとこがあって、これでもかと試練を重ね打ちしてきはる。大浦さん、がんばれ!
 
 クレヨンしんちゃんの作者臼井義人(よしひと)さんの墜落死はやはり大きな反響。カメラを構えていなくても、崖下をのぞき込むと、自殺願望はなくても、引き込まれそうになりますね、というHちゃん、確かにそうですね。
 
次はかつての教え子のお父様Oさんからのメール(ありがとうございました。勝手に紹介してすみません)
 
 23日にあった「秩父山中 花のあとさき」で一言伝えたくて送信しました。
 あの、小林公一さんが亡くなり、ムツさんは独りで寂しいと言いつつも、畑を自然に帰すために花木を植えつづけて、昨春(早春)に畑で倒れて亡くなられたと、NHKで、再放送していました。何気なく付けたNHKで、元気な頃のご夫婦の生活振り等を映像記録でしていました。
 
そうだったんですか!村はさらに寂しくなったのですね。小林夫妻の山も今頃きっと美しい秋を迎えていることでしょう。
 

2009年9月23日
 
「 バカモノを バケモノととちり怒る夫 笑いこらえて 白桃を食む 」
 
 新聞歌壇から   砺波市(となみし) 西能さん
 
 砺波市は富山県。なんや切ないなあ。年寄りはこらえ性が無くなります。でも、この嫁はん、えらい!
 
 連休最後は京都の姉を家に迎えて、久しぶりにたっぷり話す。山へは行けませんでしたが、読書も出来て、まま、いい連休の締めくくりでした。
 
 補足。昨日行った二上山の上はもう秋でした。薄の穂が揺れ、栗は実り、葛の花が咲き、金木犀の香りが漂っていました。
 
 巨人、リーグ3連覇。でもクライマックスシリーズがあるので、消化試合のむなしさはないけれど、なんやすっきりしない感じです。
 
「 秩父山中 花のあとさき 」
 
 限界集落に住む小林さん夫婦は「そろそろ畑を山に返さねば」と、先祖代々の段々畑を閉じて、1万本以上の花や木を植えてきた。夫の公一さんは亡くなり、妻のムツさんも冬は子どもの暮らす里に下りる決意をする。でも、今も多くの人がその山を訪れている・・・。
 
 その気持ち、行動、なんだかよーくわかるように思います。
 
 丸山健二さんのエッセイから
 
 ルソーの繪についてー「この世は天国と地獄の中間であり、光と影の激しいせめぎ合いから発生するものこそが、美であり、愛であり、感動であるからして、清濁を併せ呑むことこそが正しい生き方にほかならないと、ルソーは言いたいのだろうか。」
 
 そう、世の中は灰色が基調なのでしょうね。
 
 北方謙三さんのエッセイから
 
 「ダメだなと思うときが実は人間のエネルギーの蓄積時期なんだ。我慢してマグマをため、乗り越えたら爆発できる」
 
 そのポジティブな生き方がすごい。でも、しんどそう。一気に爆発せんとぼちぼち燃やしてください。
 
 最近読んだ本
 
「ベルバラと私」  榛名由梨ほか
 
 「ベルサイユの薔薇」に関わった主立ったスター11名のインタビュー。タカラヅカの忠臣蔵といえる名作が出来あがってゆく課程がわかって面白い。オスカルのアンドレへの名セリフ「見えていなかったのか!なぜ附いてきた!」は脚本にはなく紫苑ゆうが一路真輝に頼んでアドリブで入れて、大反響、定着したという話、オスカルをやって退団した稔幸(みのるこう)が退団公演で右腕を骨折していたなど初めて聞く話があって面白い。
 
 興味深かったのは、生まれ変わってたらタカラヅカに入るか、という質問に、半分が絶対入る、半分が入らないという返答。なるほど。
 
 「宝塚ものがたり」 婦人画報
 
  2000年から2005年くらいまでの歴史。宙組が出来て、スターも大移動。人事、人の世に有為転変を思います。
 
「バックステージ」 大浦みずき
 
 タカラヅカ花組のトップスター(ダンサーとしても歴史に残る名手)で夫婦でファンでした。退団して10年の時点での新たなショー作製に向けての準備段階を綴ったエッセイ。
 
 タカラヅカ時代は憧れ、退団しはった後、東京の劇場で偶々出会った時の冷たい対応(嫁はんのためにサインを貰った)でどん引き、熱は冷めていたのですが、このエッセイでまた見直しました。
 
 不器用でうまく自分を出せないことに悩みまくっている。家族(父親は作家、坂田寛夫さん)への熱い思い(でも迷惑かけてばかり)。マンションの理事会に出てなにも言えなかったり、ダイエットに失敗したり・・・自分を笑い者にできるのは大阪の血が入っている証拠。
 
 どたばたしながらショーは無事成功。でもこの本の後、お父さんは急病死。ご本人も現在、闘病中と聞いています。
人生いろいろ。

2009年9月22日
 
 「右に揺れ 左に揺れて なほ右に 風と遊んで 稲穂は実る 」  新聞歌壇から 行方市 仲野さん
 
 行方市ってどこにあるんだろう?調べてみたら、茨城県南部に平成の大合併で生まれた町でした。交通の便はイマイチみたいだけれど、豊かな穀倉地帯みたいです。
 出身有名人は香川京子(女優、旧・麻生町出身) 永作博美(女優、旧・麻生町出身) 出久根達郎(小説家、旧・北浦町出身) さん。
 
 八ツ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)。悩ましい問題ですね。民主党は公約を捨てられず、大論議の末に押し切られて、村を、故郷を捨てた人々の思いは・・・。
 国政に振り回された数十年、本当のダムの意義はどこへいったのでしょう?
 
 踏切で間一髪助かった女児2才。電車の運転手も、娘を捜していて警笛と急ブレーキを聞いた母親も、血が凍ったことでしょう。
 一緒にニュースを見ていた息子が、でも、お父さん、この子、きっと長生きするで。
 そうやなあ、貴重な命を拾ったわけです。
 
 登山中に行方不明となっていた人気漫画「クレヨンしんちゃん」の作者、臼井儀人(よしと)さん(51)=本名・臼井義人(よしひと)=の死亡確認される。
 
 自殺でなく、崖下を覗いて写真を撮っていて、滑落死?写真で見たらかなり高い崖ですね。怖がりなのに、高いところ、崖とか先端に行って覗かないと気が済まない私にはわかるような気がします。
 
 先日、二上山上で、友人の双眼鏡を借りて覗いていて、酔ったようになってクラクラしたのを憶えています。カメラのレンズも同じ事がいえるのではと思います。ひとりはやはり危ない。二人なら後ろから支えてもらうこともできますね。
 
 今日もまた二上山へ。雨が来そうだったので、7時過ぎに家を出て、昼までに帰る予定。いつもと違って北のルートから。電車で「二上山」まで7分。
 駅前の集落をしばらく歩く。河内、大和を繋ぐ交通の要地。そのせいもあってか、すごい豪農の多い地域みたい。家の造りが豪壮。敷地も広い。故郷の村と違うのは、一戸一戸が独立して石垣を組み、板塀、土塀できちんと囲んである、大和棟もいくつか残っている。「専称寺」へ初めて参拝。門を入ると、有名な枝垂れ桜が庭一面に枝を広げている。来春こそ見に来よう。
 
 村はずれから始まる山道は歩きやすいが誰もいなくて、森閑として不気味なくらい。それに針葉樹林の間を縫っているので暗い。やっと「二上神社口」からの道と合流して6合目あたりがら登山者も発見、広葉樹林も始まり、つくつく法師や鳥の声も聞こえ始めてほっとする。この二上からの道はお薦めしにくい。大和平野の北部分を望めるビュースポットは一カ所のみというのもさびしい。
 一気に雄岳まで登り、大津皇子の墓に詣で、山頂で環境協力費を払おうと思ったら、まだ管理のアルバイトの学生が来ていない(帰り道で登って来るのに出会う)。今度は二上神社口に降りる。稲穂の実る田園地帯を少し歩いて、「二上ふるさとの森」まで。彼岸花が美しい。「道の駅」で酒など買って・・・。駅に引き返すと歩数はすでに1万2千でした。帰宅は11時過ぎ、雨が降り始めました。
 
最近見た映画
 
早速、息子が借りてきていました。
 

「 クレヨンしんちゃん 電撃!ブタのヒヅメ大作戦 」

 人気の「クレヨンしんちゃん」映画第6作。本作のアクションは国際スパイ戦がテーマだ。世界征服を目論む謎の男マウス率いる秘密結社“ブタのヒヅメ”。彼らが新兵器を開発したと知った国際情報組織SMLの女性エージェント“お色気”は、敵の空中要塞から兵器の一部パーツを奪取。彼女は東京湾を進む屋形船へ逃れるが、その船内にいたのは遠足中のしんのすけたちだった。ブタのヒヅメの追っ手はしんのすけたちもろともお色気を捕まえるが・・・。
 
 おもしろかったです。「下品さ」が問題になっているけれど、それを吹き飛ばすパワーとまっすぐなテーマ「勇気」がある。、体制を笑い倒す反骨精神もいい。楽屋落ち的なシーンで作者臼井儀人の声(歌も)聴けます。
 
こうなったら名作の誉れ高い

「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦

を見なくちゃ!

「何という行き方!」

 金持ちを嫌悪するヒロインは、富豪の恋人を振って、無欲な商店主と結婚した。しかし結婚した途端、事業が大成功し、夫は過労で死亡。次の相手の貧乏な画家も、結婚すると金持ちになるがやはり死んでしまう。こうして、彼女は結婚する度に夫に先立たれ、その分、金持ちになっていく。ヤケになった彼女は、全ての財産を寄付し、今は落ちぶれたかつての恋人と結婚するが・・・。S・マクレーン、D・マーティン、P・ニューマン、R・ミッチャムなど豪華キャストでおくるラブ・コメディ。
 
 名前は聞いていたけれど、見逃していた映画。同僚がシャーリー・マクレーンのファンで、持っているというので借りました。Tさん、ありがとう。
 
 1964年の作品。年代も微妙で作りも微妙というか半端。シャーリー・マクレーンの売り方の腰が据わっていない。彼女はいわゆる美女ではない(弟のウォーレン・ビーティは文句なしのイケメン)が、優れた、エンタティナー、コメディエンヌだからそれを強調すべきでした。
 
 名デザイナーによる豪華な衣装、ジーン・ケリー振り付け、特別出演によるミュージカル・シーン(シャーリーの脚がすばらしく美しい!)もとってつけたようで、ひとつひとつはいいけれど映画の流れになっていない。
 
 でも、脚本はセオリー通りにきれいに収まり、「シンプルライフ、家族の団欒にこそ幸せがある」というテーマは明確に伝わってはきます。しかし胸には迫ってこない・・・やはり、演出の問題でしょうね。日本題もイマイチでしたが、一見の価値はありました。

2009年9月20日
 
「今日もまた 消灯ラッパの 替え歌を 口ずさみつつ 妻を介護す 」 
 
                      新聞歌壇から  久留米市 緒方さん
 
 旧軍隊での消灯ラッパのメロディ。歌詞は微妙に違うかもしれませんが、私は「新兵さんはかわいそうだねー、また得寝て泣くんだろー」と聴きましたが・・・。切ない替え歌、そして切ない老々介護。深夜のトイレ介助などはさらに大変です。
 
 台風の余波か、風の強かった土曜の午後のテニス。第4試合目で、2セット先取され(4セット先取り)、それから追い上げて3−3に。私のサービスゲームで0−40の相手のマッチポイント。そこからまた捲って、追いつき、最後は2本のサ−ビスエースで勝利。よっしゃこれで本調子、と思ったら、最後の第5試合は今度は全く逆の展開に。もう、足が動いていない、膝が曲がらない・・・やはり4時間プレーする体力がありません。本気で減量しなくては・・・。
 
 それにしても2週間振りの河南町のコートは周りに黄金の稲が実り、あぜ道には赤く彼岸花が咲き並んでいる。気温の変動もあるでしょうに、きちんと彼岸に花を咲かせる・・・不思議な力を思います。
 
 夜は久々に藤井寺のスナックRへ。前々日に電話で声かけられてれてOKしていたのですが、テニスで疲れていたこともあって足も気も重かったのです。でも、20年来の悪友二人、昨年のクリスマス以来なので、酒と果物を買って出掛ける。集合は夜の9時。
 
 出掛けてよかったです。悪友Sは相変わらず元気な顔色。春に、酔って階段から落下、顎と耳の骨を骨折したとは思えない!(苦笑)。
 
大丈夫か?心配してたで!
何言うてんねん!あんたは話を聞いて、大笑いしていたと、情報が入っとる!
バレてた!?(笑)
 
 でも仕事はものすごくハードみたいで、話を聞くだに、しんどいといいながら自分はなんて恵まれているんだろう、と自省、反省。しかし、そんなことはおくびにも出さず、あんたが仕事抱え込みすぎジャ、もっと周りに振らんとアカンで!他のやつらは何しとんねん!と説教かつ彼の代わりに怒りまくる。
 
 すでにリタイアしているBは余裕の笑顔で話を聞いている。相変わらず藤あや子の歌がうまい。
 
 持ち込んだ酒も好評。
 でも、これ、かんさんの好みの味とちゃうやろ?
 長年の友はさすがに鋭い。
 どうせみんにふるまうからと、つい、無難な酒を選んでしまうのです。
 
 Sの偉いところは、疲れ切っているのにサービス精神旺盛な点。他の客も巻き込んで、盛り上げて、最後はいつものように店中大騒ぎ。私も久々気持ちよく歌って踊って発散。やはり旧友はいいなあ。
 
 午前様でしたが、よく眠って、気持ちよく晴れた日曜の朝。ゆっくりめに起きて、デザートを入れて13種の食材と気合が入った朝食。わが家のエンゲル係数はめちゃ高い。貯金が出来ないはずや、と言いつつ、これでええんや、生きている実感が大事、と自己弁護。金剛山と二上山を眺めながら音楽を聴いて、読書をして・・・早朝から働いているSに申し訳ないと思いつつ、気楽な連休2日目。
 
 夕方、友人と二上山へ。大和盆地は西日に映え、晴れ渡る大阪平野の向うに光る大阪湾、明石大橋がはっきり見える。展望台から淡路に沈む夕陽を眺めて、午後6時に下山。気持ちのよい数時間でした。山道でまむしにであったのが、小事件でした。
 
 いろんな方に出会う。小さな子どもを連れた若い親、目のご不自由なお母様を介助しながらゆっくり山道を登るご婦人。追い着いてみれば、同行の友人のもと同僚でした。夕陽を見に登ってきたという初老の男性。ご病気を持っているという。たくさんの人に出会って、即、別れるのも山歩きの魅力です。
 
最近読んだ本
 
「言葉が映す人生」 大岡 信
 
「鏡の向こうに落ちてみよう」  有栖川 有栖
 
「美女は何でも知っている」  林 真理子
 
 感想等は「印象に残った言葉」でぼちぼちと・・・。
 

2009年9月19日
 
 「海はるか なれども海へ 秋の川 」 正木 ゆう子
 
 家庭訪問してメモを入れておいても反応もなし。留守電にメッセージを残しても、毎月手紙を書いてももちろん返事なし。でも、連絡がついて、いざ授業料を払って下さいとなると、なんでもっと早く連絡くれなかった、と噛みついてくるのが最近の保護者。こちらの説明など聞こうともしないでわめきちらすのがパターン。
 
 何十年も前の生徒の保護者で、今でもきちんと時候の挨拶の葉書をくださる方がいる。そんな時代が夢のようです。
 
 殺伐とした対応の日々にもいいことがあります。
 
 電話が通じなかった家庭(耳の遠い祖母と引きこもりの生徒の二人暮らし、家庭の訪問しても反応がなかった)にダメモトで電話したら、たまたま帰省?していた、生徒のお姉さん(結婚して家をでてはる)が出てくれたこと。これで連絡がつく。丁寧な対応で、ご心配かけています、この連休に相談しますという。これで少し事態は進展するかも。
 
 こちらも、両親がおられず、本人も行方不明の家。家庭訪問しても新聞受けに手紙が溜まっているだけ。噂を頼りに、生徒が偶に顔を出すという出身中学に電話してみる。偶々、電話を取られたのが、その彼の担任だった先生。5月以来顔をみていませんが、秋の体育祭に来るかもしれませんから、来たらすぐ連絡しますーちょっと光が見えました。
 
 やっと辿りついた連休。昨夜金曜の夜はうれしくて、「家飲み」してしまう。鱧の湯引きをアテに「山田錦」をグビグビ飲んでしまって、HPの更新もできませんでした。最後はアテが無くなって、梅干しや味噌を引っ張り出して、つつきながら飲んでいたらしい。今朝は背中が痛い。肝臓が腫れているのかな?今夜は宴会なので明日から節酒します。
 
 帰省を含め、いろいろプランはあったけれど、金もなし。一応チャラにして、とにかく心身を整えて10月からの新学期に備えようと思います。
 
国内最高齢の象死亡。17日朝、飼育舎で横たわって死んでいるのが発見されたのは、「ウメ子」(推定62才)。
 
 神奈川県、小田原城址公園で飼われていた。タイから日本に来たのは1950年、10月(私の生まれた時だ)。そのとき3才といわれたらしい。人間なら100才を越えている。異国での長い月日だったのですね。
 
 行く人
 
マリー・トラバースさん(米歌手、72才)
 
 PPM(ピーター・ポール&マリー」の一員で美しい声を聴かせてくれました。死亡記事の写真はショートカットでふっくらしていたが、昔は細くて長い髪、ジーンズで、反戦フォークのシンボル的存在でした。
 「風に吹かれて」「花はどこへいった」「レモン・ツリー」・・・特に好きだったのは「悲惨な戦争」「虹と共に消えた恋」、今でもフルコーラス歌えます。
 

2009年17

 「 亀の子に 波走り寄り 引いてゆく 」 新聞俳壇から 

生まれたばかりの小さな亀が大海に入ってゆきます。水際で水鳥に捕食されるものも多いようで。海に辿り着くなり、どこかを目指して泳ぎ去ってゆく不思議。

 昨夜は遅く帰って、急いでHP更新したので荒い文になりました。

補足ですー

 レストランのパーティで初めてチョコレートフォンデュに挑戦しました。5段になって流れ落ちる暖かいチョコの滝に備え付けのフルーツを突っ込んでコーティングして食べる。どんくさい私はチョコの流れをうまく受けきれず、フルーツごと落としてしまってみんなの笑いを買いました。再度挑戦、覚悟していましたが、それほど甘くない。白ワイン、ハイボールのアテになるみたい。飲みすぎました。

 ほろ酔いのアベノのプラットホームで携帯が鳴る。昨年、教えていて、妙に懐いて、携帯の番号を教えてやった生徒からだ。

 どしたん?こんな時間に?

 センセー、今から就職に進路変更できるかなあ?

 ええっ?出来ないことはないけれど・・・もう一次試験始まっているし、二次に廻るよ。それに君は専門学校受験って聞いていたけど・・・

 それが急に都合が出来て・・

 とにかく、明日朝、チューター(担任)の先生と進路指導の先生とこへ相談に行き。連絡しておくから・・・。

 今朝やってきた生徒。後でチューターに伺ったら、昨夜、母親からやはり進学の費用は出せないと言われ、とにかく就職して金を貯めて、改めて進学を考えることにしたという・・・。祖母の年金だけで暮らしているらしい。親の苦労、苦悩もわかるけれど、もう少し早く言ってやればよかったのになあ。

 イチロー語録から

「現役のうちは過去を懐かしんではいけません」・・・おっしゃるとおりです。

 今日もきれいな秋空。「スタディツアー」(ミニ修学旅行みたいなもの)に行っている生徒たちは、昨日は稲刈り、そして今日は蕎麦打ち体験をしているはず。近江の秋はいいだろうなあ。

最近読んだ作品

「別れの手紙」シリーズ 連作7の1

「夢はにほへと」 内館 牧子

  「秋子」が目を覚ました時、夫は3通の封筒を残して消えていた。印の押された離婚届、マンションの権利証と有価証券と実印が入ったもの、そして手紙。前から言っていた「黄河文明の研究」をするために、中国へ行ってしまったらしい。

 子供のいない、でもそれなりに安定した夫婦。秋子が近年、自分の長年の夢であったカウンターバーを開店しところから、夫も仕事より自分の夢を語るようになっていた。秋子は生活の安定を望みそれに同意しなかった・・・。

 届けを出さず、夫を待つ日々。秋子の店に、毎夜8時、きちんとした身なりの老婦人が現れて、ビールを1杯だけ飲んで帰ってゆく。老後の時間を持て余し、バーでの時間を心の支えに生きているらしい老婦人の来店を待ちつつ、秋子は立春まで老婦人が来続けたら、離婚届を提出しようと心に決める。そして立春の宵、雪が降る。8時になっても老婦人は現れない・・・。

 一見恵まれた初老の夫婦の微妙なこころのわだかまりをさりげなく描いています。「贅沢や」と切り捨てるのは簡単ですが、人はいくつになっても、夢やプライドに拘って生きるものです。



2009年9月16日
 
「わが掌より 落としてしまった みどり亀 ジェルソミーナを 緑陰に埋めぬ 」
 
                       新聞歌壇より  松戸市 花嶋さん
 
 「ジェルソミーナ」はイタリア映画「道」の哀切なヒロインの名前。道端に捨て置かれて、哀れな死を遂げます。みどり亀との微妙な対比。
 
 晴れた一日。絶好の家庭訪問日和。河内天美まで自転車で小一時間。迷ってやっと辿り着くと、表札も、反応もなし。プランタの花も枯れている。ひきこもりの孫(生徒)と、耳の不自由なお祖母ちゃん(したがって電話が通じない)がいたはずのに・・・。手紙を置いて、また、出直します。
 
 河内天美はここも路地や小売店が多くて魅力的な町。駅の近くでI酒店という看板を見て足を停める。31年前、転勤した前々任校で、数ヶ月クラブでちょっと触れあった生徒Iクン(彼は当時3年生ですぐ引退した)が、たしか実家が酒屋だと言っていた。教師になりたいけど、お父さんが体が弱いので、跡を継がなければならないかも、と言っていたのを思い出す。
 
 ちょうど店先に出てこられたお母さんとおぼしき女性に思い切って声を掛ける。やはりそうだった。18年前に家を継いでがんばっています、今、買い物に出ているので、入って待ってくださいと強くおっしゃるのを、家庭訪問中ですからと固辞して立ち去る。
 
 元気で生きていたんだ。もう50才のはず、繁昌しているみたいな店(いろんな日本酒も置いてあった)を振り返って、またいつか機会があれば訪ねようと思いました。
 
 天美西の道路の、高い並木が空を覆って美しい。大和川沿いはまだ蝉の声がする。自転車で走ると小さな虫が目鼻に飛び込んで来て、閉口しました。
 
 汗をかいて帰って、着替えして、今度は八尾へ。何度も電話し、手紙を書いているのに、こちらも返事なし。ただし、家には住んでいる気配があったので、手紙を置いておく。授業料がどんどん溜まってゆきます。
 
 八尾高校そばの、こちらは低い並木がきれい。
 
 昨年退職した友人が近くに住んでいるので、電話して呼び出し、「アリオ」でしばしお茶。愁いを忘れる。
 
 帰宅して10分で着替え。嫁ハンが白黒のチェックの長めの服だったので、こちらは白黒の細い縦縞のシャツに黒いパンツで家を飛び出す。
 
 桜宮OAPのレストラン「ル・ビューイーゼル」の7周年記念パーティ。昨年の韓国ドラマ「スターの恋人」の舞台にもなったところ。チェ・ジウが飛び込んだ(おそらくスタントウーマン)大川が目の前に。
 遅れて行ったので満席で、どうしようかと思ったら、受付の側にいた小柄なおっちゃんがウェイターに命じてピアノ側にいい席を作ってくれた。あの方、だれ?と小声で嫁ハンに訊くと、オーナーよ。嫁ハンは偶にここで歌っているのです。
 
 この店の売りは、フランス料理とオーナーが収集した名画。ロートレック、梅原龍三郎、小磯良平、安井曾太郎・・・無造作にぼんぼん掛けてある。掛けすぎでっしゃろ、と言ったら、まだ仕舞ってあるものや、美術館に貸し出しているものがたくさんありますとのこと。どれだけ持っとんじゃ?五億、十億ではきかないでしょう・・・。あるところにはあるんだなあ。
 
 オーナーは本業は甘党の「前田」、藤井寺に本店があります。出席者へのお土産は「乳ボウロ」でした。

2009年15

 「 古きこと 程よく忘れ 夜長し 」 新聞俳壇から 川越市 渡辺さん

 「程よく」忘れられたらいいけれど、スコーンと忘れたら困ります。

 先日書いた、飲み屋で友人に依頼され、翌日思い出した韓国の文章の訳がやっとできました。

韓国人の先生、お2人にうかがって文意は大体わかったのですが、冒頭に「泰山」という言葉があったので、出典が漢詩か何かか、と思い、中国文学の専門家にも頼み(ウチの学校には人材が多い!)、私もインターネットなどであれこれ調べたのですが、それはわからず。

こんな意味の句でした。

泰山高しといえども、天の下の山

登り登れば、登れぬことはない

人は登りもせずに、山ばかり高しという

 夢や目標の実現の難しさを言いたてて、自ら努力、実行しないことを戒める言葉だったのでしょう。幼い頃に故国でお母さんから教わったものだそうです。レポートにして届けたら、めちゃ喜んでもらえました。思い出してよかった(苦笑)。

全米オープンテニス、20才の初出場、デルポトロが王者フェデラーを粘りでひっくり返して初優勝。見事でした。世代交代の音がします。

なんで今頃、亀井さんが入閣するんだろう?たしか70代のはず。

イチローの記録に絶賛が集まり、その語録、言動があちこちでたくさん採り上げられていますが、こころに残った話をふたつ。

1、控え室からグランドへ向かうとき、階段ではなく必ずスロープを使う。スパイクで段差を踏み外したりして怪我をしないように。

2、いい当たりを打ったら、野手に「取ってくれ」と思って走る。「抜けてくれ、落としてくれ」と思うと、ヒットにならなかった時のダメージが大きい。

なるほど。でもなんや、野球好きの好青年がいつの間にか、偉い、難しいおっちゃんになってしまいました。友人は修行僧みたいだと評していましたが、たしかにそんな感じ。もっと楽しそうにプレーしてほしいなあ。(本人は楽しんでいるんでしょうけどねーすごく高い次元で・・・)

行く人

パトリック・スウェイジさん(米俳優・57才)

昨年から膵臓癌を公表していました。70年代後半から一気に出てきたアメリカのトム・クルーズ、マット・ディロン、ロブ・ローら若手男優グループのお兄ちゃん的存在でした。

でも、元々はブロードウェイの舞台で活躍したダンサー。大ヒットした映画「ゴースト/ニューヨークの幻」より、ミュージカル映画「ダーティ・ダンシング」(87年)のキレの良いダンスが懐かしい。いい俳優でした。合掌。

最近読んだ作品

「瑠璃色のハイドゥナン」 重松 清

離婚した妻、美恵子は与那国島のホスピスにいるがいよいよ臨終らしい。「私」は残してきた娘、明日香から連絡、依頼を受けて、再婚した妻、洋子を連れて島に向かう。

かつて重税にあえいだ島民が、人口調節のため、妊婦を跳ばせた岩の割れ目「久部良バリ」、独特の墓などの風物が、幼い息子を亡くしたばかりの「私」と洋子の心に沁みる。

危篤の美恵子はホスピスの離れで、夕暮れ海を見つつ息絶えようとする。その時「私」は島民が憧れる伝説の「南与那国島ーハイドゥナン」の島影を一瞬かいま見るのだ。

「きみ去りしのち」シリーズ第8話。いよいよクライマックスです。


2009年9月14日
 
「 点訳の 朝日歌壇の今届き なぞりて探す 公田耕一 」 
 
              朝日歌壇から 都留市 長田さん
 
 
 こういう熱烈なファンもいるんだ。今週の朝日歌壇には公田さんの歌はありませんでした。
 
 イチロー9年連続200本安打。すごい記録ですが、彼独特のプライド、スタイル。天才と呼ぶのは簡単ですが、もっと素直に苦悩や努力を見せてもいいかなと思います。今は無き藤井寺球場で、彼のイキイキしたプレー(当時オリックス)を見たのが昨日のことのようです。
 
 全米オープン、女子優勝のクライシュテルスの復活はすばらしい。引退、結婚、出産を経てのプレーには落ち着きが加わって、さらにグレードアップしていました。
 
 それに比して、準決勝の最後でぶちぎれて、フットフォールトを告げたラインパーソンに悪態をついたセリーナ・ウィリアムズはあきません。たしかに、あの流れの中で、「流す」という判断もあったかもしれないけれど、ひとりで試合を支配するラグビーの審判ではありません。きちんと自分の目の前の職務を果たした人(ちなみに日本人女性)に数度も悪態をつくなんて・・・しかも反省の色なし。
 
 グッドルーザー(よき敗者)になるのは難しいことです。
 
 三谷幸喜さんのエッセイから。落選した男性議員は見ていて哀しくならないが、女性議員は悲壮感があって見るのがつらい。それは男女の差の問題だろう。コメディアンよりコメディエンヌの方が圧倒的に少ない。頭から水を被っても悲惨に見えないいい意味での明るさと強さ・・・ルシル・ポールに戸田惠子、青木さやか・・・まだまだ数が少ない。
 優れたコメディエンヌがたくさん登場する社会が女性の向上の証し・・・政治から演劇論、そしてジェンダーへ。納得。
 
田舎への移住ブームの中、京都、美山町が掲げた「田舎暮らしの7箇条」が興味深い。
 
1 嫁さんに覚悟はあるか?
2 集落に協力者はいるか?
3 村の共同作業はできるか?
4 プライバシーはないと思え。
5 3年はガマンせよ。
6 農業だけでは食べてゆけない。
7 現金は必要
 
 田舎育ちから見れば納得の話ですが、これを聞いて、大半の人は諦めるそうです。水も緑も豊かな国土、この農地を里山をどうやって残してゆけばいいのでしょう。

2009年9月13日
 
「 加賀へ帰る 五十円貸して と出す姑(はは)の 小さき手ぬくし 涙とまらず 」 
 
新聞歌壇から 東京都 西出さん
 
姑さんは94才だそうです。認知症が進んでも残る切ない望郷の思い。
 
 夏が過ぎたので、枕元のバリ島のポスターを外し、3年眠っていたグレース・ケリーの特大ポスターを引っ張り出してきて貼りました。でも、美しいが、なんや迫力に欠ける。
 
憧れのエヴァ・ガードナー
 
 今更ヌードを貼って喜ぶ歳でなし、やはりこういう場には、エヴァ・ガードナーかなあ。
 基本的に「妖艶美女」でないとアカンのです。きれいだけではもの足りない。エリザベス・テーラーには妖艶さがなく、モンローは可愛いが美女ではない、バーグマンは知的に過ぎ、ビビアン・リーはエキセントリックすぎる。ディートリッヒは尖りすぎ。リタ・ヘイワーズやラナ・ターナーもいいかも・・・。
 
 と、悩んでおりましたら丁度、読んでいた翻訳家、芝山幹郎さんのエッセイにエヴァの写真と共に彼女の魅力に触れている。
 
 曰く「世界一美しい野獣」
 
 1952年頃、映画「モガンボ」(菅注以下同じ・クラーク・ゲーブル共演)の撮影現場で、ジョン・フォード(「駅馬車」などの名匠、当時のハリウッドのトップ監督、ずけずけものをいうので有名だった)が、みんなの前で
 
 「君の亭主のフランク(エヴァの3人目の夫、シナトラ、後年の貫禄は置いておいて、若い頃は細く、ジーン・ケリーらとタップを踏んでいた、当時人気絶頂)は55キロしかないんだって?」
 
 「ええ、そのうちの50キロがペニスなの」
 
 ギャフンといわされた監督は、その後の撮影でエヴァにNGを出し続けたそうです。(アホなやっちゃ!)
 
 黒髪、緑の瞳、165センチ、90−50−90のサイズに挑発的な表情。「豹やライオンの側に立って、これほど映える女優はいない」。策を弄さず、大輪の花のように立っているだけで、男を惑わせる。
 
 でも、代表作「裸足の伯爵夫人」も「陽はまた昇る」でも相手の男性は不能という設定になっているのは偶然?
 
 それにしても、彼女の決めゼリフ「あと一度だけキスして」と言われてみたい。
 
 蛇足の補足、シナトラの前、結婚一回目は19才の時、ミッキー・ルーニー(子役出身でジュディ・ガーランドのとの名コンビで知られるミュージカルスター)。2回目の相手はアーティー・ショー(有名バンドのリーダーでしたね)。今、気づきましたが、彼女はミュージシャンが好きだったんだ。
 
 一日一日、日の出が遅くなり、日の入りが早くなります。
 午後、爽やかな秋空の下、卒業生も交えて、テニス部の交流会。11名参加。みんないろいろ。22才で父親をやっている男子も。生活が大変みたい。ほとんどの者が卒業して2,3年でいくつも仕事を変わっている。夜勤明けで参加した者も。
 顧問のOBも参加。チームを組んで、総当たりで各4ゲームして汗かいて、和やかに6時解散。また、逢えますように。
 
 最近読んだ作品
 
「セカンド・ライン」 重松 清
 
 青春時代の思い出から多彩な交友まで。でも、欲張りすぎ。分厚い装幀で、あえて粗雑な紙を使って、小さな字で・・・。正直、読みづらくて挫折しました。
 
「グルメ二人旅」 赤川次郎
 
 銀座の老舗レストランに招かれたクセのある面々。新しいメニューの試食会というのは表の事情で、実はここの有名シェフの美しい妻への恋が叶わないから殺すという脅迫状の犯人を探す試みなっだのだ。
 
 わざと個別にまずい料理を作って、その反応から犯人をあぶりだすという趣向に無理がある。
 
 もう、赤川さん、月1の新作は止められてもいいと思う。今回は短く、内容も粗雑。クリーンヒットを狙はなくていいけど、バンドヒット狙いばかりではしらけます。
 
 お好きなクラシックなどゆっくり聴かれて、休養してください。

2009年9月12日
 
「 眠られぬ 生徒に寄り添い散歩する キャンプ初日の 星降る深夜 」 
              
                      新聞歌壇から 稚内市 藤林さん
 
 私にも、そんな昔がありました。あちこちへ行ったなあ。白浜、高野山・・・なぜか琵琶湖湖畔のサマーキャンプが懐かしいです。生徒を叩き起こして早朝の湖畔を散歩したなあ。あの時の生徒達はどこへいったのだろう。
 
 でも、この歌の内容はちょっと過保護かも。まして深夜なら、今は男女にかかわらずセクハラ問題にもなります。それに、「眠れない体験」も大事なことだと思うのです。
 こんなことを思うのも、大阪ならでは?北海道という土地柄なら、すんなり通ることかもしれません。
 
 古市の朝の散歩は、隣町の祭囃子を聴きながら。今日は新しい道を見つける。「この先 車行き止まり」と看板があったので通り過ぎていたのです。人一人が通れる小さな路地があり、その奥に数寄屋造りの風雅な屋敷がある。豪邸ウォッチャーとしては嬉しい発見です。古い町だけに奥が深い。
 
 ラジオの語学講師、大杉さんのエッセイから
 
 イギリス人がAsian(アジア人)という場合は、旧英領のインド、パキスタン、バングラデシュ出身者を指す。アメリカ人なら、Asianはまず、日本人、韓国人、中国人ということになる。
 
じゃあ、イギリスで日本のことはなんと呼ばれるのか?
答えはFar East (極東)なのだそうです。
 
 最近の江崎玲於奈さんの言葉から
 
「創造力だけではブレイクスルーはできない。自分にとって何が重要かを意識して、普段からノートを取り、分別力を鍛えるといことが大切です」
 
 ノートを書けない、使えない小学生が増えているという(高校生はもちろん)。大人からノートを取る習慣の大切さを教える必要があると説いてはります。納得。
 でも、ノートはまめに取っていますが、自分の字が汚くて読めないのが、私の永遠の課題です(苦笑)。
 
 今年も職員室前に造った朝顔と夕顔の棚、2階から紐を吊して蔓を伸ばしたのですが、朝顔はきれいに咲いたのですが、夕顔は高い部位に咲いたのと、時間帯が合わなくて、なかなか見られませんでした。
 
 鉢植えの「朝顔の仕立て方」にも、お国柄があることを知りました。よくある3本の支柱、3本の輪で這わせるのは「行灯(あんどん)作り」と言って東京中心。京都式は蔓を切り込んで、大輪の花を低く数多く咲かせる。「名古屋式」は蔓を伸ばさせず、大きな花を一輪、「肥後式」は長い細竹を添えて、鉢の3倍に蔓を伸ばし、第1花から第3花まで観賞する・・・。
 
 知らなかった。退職したら、いろいろやってみよう。
 
 雨の休日。ゆっくり読書。合間に、先日届いた「市議会だより」も読む。「一般質問」の話題は、近鉄古市駅のエレベーター問題。だいたい急行停車駅なのに一基もないのです。車椅子の人はあらかじめ連絡してエスカレーターを使用しなければならない。もう、古市駅は羽曳野市の顔のはずなのに・・・遅れまくっています。
 狭い古市地区を東に控え、幅広い踏切がそばにあるという事情から、2階の駅改札上がるエレベーターとそれぞれのホームに降りる計4基が必要とおもうけれど、国は3基、府は2基しか補助金を出さないと言っている。駅前再開発と近鉄や地元の思惑、いろいろ絡んでこの10数年話が進まない。
 もう・・・不自由してはる人がいるんやから、とりあえず、構造上、造りやすい駅西側から2階の改札に登る分だけでも先に作れや、と思うのだけれど・・・。
 
 家から1分の本屋が店を閉じ、家から2分の駅前の市立図書館が閉館、これで本屋は家から3分のスーパー3階の小さな店しかない(こんなこと言ったら贅沢と四国の友人に叱られますが・・・)。不便になりました。藤井寺に負けている賑わいを古市に取り戻せ!とベランダから叫んだのですが・・・木霊も帰ってきませんでした(苦笑)。
 
 最近読んだ作品
 
「 ト一のおれん 」 杉本章子
 
 このシリーズ、最近ハッピーエンドが続いているので安心して?読めます。浅草寺の境内で捨て子で拾われた「おれん」は美しく成長し、若い香具師の若狭屋藤次郎に拾われて、囲い者となり、「矢場」の女主人としても生きている。
 
 ある日、かつて攫われた娘を捜しにきた父親と巡り会うが、自分の立場を考えて名乗り出ることが出来ない。
 
 それを叱り倒して、藤次郎が下した決断は・・・。今後の幸せを予感させて、さっと終わるのがいい。
 
「 過去という名のみぞれ雪 」 宇江佐真理
 
 髪結い伊三次シリーズの最新作。こちらは切ない結末ながら、しみじみとした味わいあり。馴染みの刃物研ぎ屋、阿波屋で出入りの青物屋の若者、千吉と出会い、その腕に見えた、前科者を示す入れ墨と、自分の顔をまともに見ないことが気に掛かる。
 
 研ぎ屋の娘「お鉄」と主人は千吉の過去を知った上で、彼を気に入って、なんとか、店に入れて職人にしてやろうとこころを砕いている、その様子を知って、伊三次は世の中すてたもんじゃないと思い、両国橋で出会った千吉を励まし野菜を買ってやる。
 
 しかし、千吉はまた罪を犯し、獄門に掛けられることになってしまう。
 
 伊三次は悔やむ。「千吉には罪を悔いる気持ちが薄かった。うまく行けば、にんまりとほくそ笑み、捕まれば運が悪かったと悔やむだけだった。世間に顔向けできないとか、恥をさらしてしまったということは、さらさら考えない。そもそも、千吉には世間という言葉はないも同然だった。そんな千吉の足をつかの間、止めさせたのは阿波屋のお鉄とその家族だった。あれが唯一のまっとうに生きる機会だったのに・・・」
 
 千吉のような若者、今もいっぱいいます。
 
 みぞれが江戸の町に降る。「みぞれというのはいけねえなあ。雨か雪かどっちかにしろってんだ。中途半端は何でも駄目だ!」伊三次の上司、不破がやりきれない思いで吐く言葉が胸に沁みます。
 

2009年9月11日
 
「 大門は 涼しく人を 通しけり 」
 
作者は忘れました。今年の初夏の書展で心に留まった句です。
 
隣にあった書は、たしか・・・
 
「 古寺の 柱に残る旅人の 名を読みゆけど 知る人もなし 」
 
でした。これは会津八一です。この歌の余韻もいい。並べ方もいい。
 
 
 この一週間ずっと心を悩ませてきた問題にやっと決着がつきました。
 
 MPとの対決2戦。1件は早々に落ち着きましたが、ややこしかったもう一件の最終幕は/の午後。
 
 相手の小道具(大道具)は予想通り、「黒い///」。/名様ご来校。
 
 こちらの武器は意気地のみ。昨夜からあらゆるシュミレーションをやってみました。
 
 「こいつ」呼ばわり「こんな学校」呼ばわりはされましたが、こちらも言うべきことは言い返し、授業料も払って貰ったので、ま、よしとしましょう。敬語を知らない(そんな○○○っているんかな?)MPに、最後は「ありがとう」と言って貰いました。でも、「ございます」は言えないのですね。子どもの将来が心配。
 
 標的になった事務員さんに被害が及ばないかと、そのことが心配でした。もし「土下座せよ」なんてことになると(よくある)体張って止めるつもりでした。私はもう先は短い、大げんかして辞めてもいいと思って臨みました。こちらも譲歩しましたが、向こうも話を理解したらしく、最悪の事態には至りませんでした。
 
 丁寧に校門までお送りする。ええ車でしたねえ、と感嘆して見送る、車に詳しい同僚に、あれって、36000円(授業料)より高い?とあえて質問する車に暗い私。
 
 カンセンセ、あれ一台で高級分譲マンション一戸買えますよ。
 やはり、金持ちってケチなのね。
 
 それにしても、「常識」「想像力」「謙譲」なんて言葉はもう死語なのでしょうね。それを必死で教えてきたのに・・・。
 
 この一週間で3キロ痩せました。やはりダイエットによいのは運動よりストレスのようです(苦笑)。
 
 帰りにアベノの「そよ風」という意味の英語名のbarへ寄る。9月のお薦めカクテルは「秋風」(1000円)。梨の果汁が入っている。1杯で気分よくなって帰って来て、改めて発泡酒で乾杯。今回はいい週末が迎えられそうです。
 
最近読んだ作品
 
「 日本推理作家協会賞殺人事件 」 柳 広司
 
 第62回日本推理作家協会賞を受賞(「ジョーカー・ゲーム」)した作者の受賞第1作短編というより、長めの受賞の言葉。洒落ています。

2009年10

 今週のホームレス公田耕一さんの歌は、選者、永田和宏さんが第3首に採ってはりました。

「 瓢箪(ひょうたん)の 鉢植えを売る店先に 軽風立てば 瓢箪揺れる 」

                                    朝日歌壇から

 なぜか正岡子規の句を思い出しています。あれは糸瓜でしたが・・・。「糸瓜忌」は19日でしたか?今年はいよいよ「坂の上の雲」放映が迫って、いろんな催しがあるようです。

 この歌壇の第10首に、点字の紙面に公田さんの歌を探すという歌も採られていました。

松山では子規は今でも「子規さん」と呼ばれ親しまれています。秋山兄弟もこのドラマで更にメジャーになることでしょう。

いろいろなことが一緒に起こって、それを一つずつ片づけながら、それに対応する自分の余裕の無さを悲しく思います。必死にこなしている。それでなんとかなっている。そのうちそれも出来なくなるだろう。

杉山愛選手が、「その瞬間は力が出せても、年間を通して安定した力を発揮できない」と、引退を表明した気持ちはよくわかります。今日は来年度の「人事希望カード」が配布されました。自分の進退をしっかり考えたいと思います。

最近読んだ作品

「ただ一度の」 小池真理子

 敬愛する他部署の上司に惹かれ、偶然もあって、恋愛関係(不倫ともいう)になるが・・・。どちらも分別がありすぎて?静かに別れてゆく、そんな恋もあるのだろう。

「花散った後」 朱川 湊

ホラを吹きまくった友人。それに振り回されつつ、楽しんでもきた「私」。友人の厳しい私生活も知っていたのだ。若くして癌に冒され、死の床でもホラを吹きまくる友。奥さんにも病気の事を伏せていたというのはウソ。それを死後に知る「私」。生きてゆくために、人生を面白くするために、非難を怖れず、ホラを吹きまくって逝った友人。

私は遺影に「また、やられたよ、馬鹿野郎」と呟く。

遺影が応える。「だって、そのほうが面白いじゃん」



2009年9月9日
 
「 末の子を 起こさむとして 大声に 猫の名前を 呼んでしまいぬ 」 鎌倉市 高畠さん
 
 わかります。田舎の老母も、ひとりを呼ぶのに、子ども、孫の名前を全部呼んでしまいます(笑)。
 
 勤務校は2学期制のため、今が学期末です。先週末から2件、生徒の退学を巡って保護者とのややこしい話し合いが続いています。ずっと頭から離れず、眠りも浅い。でも、なんとか乗り切りたいと思います。授業料を払ってもらうこと(払い終わっていなければ、退学できない)が本当に難しい現実。
 
 精密検査の正式通知、とっくに届いていたのに、報告するのを忘れていました。「異常なし」。ご心配ありがとうございました。
 
 「そごう」百貨店が閉店、大阪タワーも撤去、梅田阪急が新装一部開店、三越伊勢丹もどんどん形を為してきている。アベノ近鉄はまずは取り壊し・・・あちこちにクレーンが聳え、毎日、めざましく街が変わってゆきます。
 その是非は別にして、静かに寂れてゆく故郷の村を思います。
 
 林芙美子の未発表詩発見。
 
「花のいのちはみじかくて
苦しきことのみ多かれども
風も吹くなり
雲も光るなり」
 
 舞台「放浪記」の冒頭で語られ、一世を風靡したフレーズのルーツがここにあったのですね。
 
 明石市の小五の息子に米袋など万引きさせた両親。「殴られるのが怖くて」二年間も万引きを続けた息子。そのニュースに驚かない自分がこわい。
 
 山口での13年介護した妻を殺そうとした男の裁判。自分ですべて抱え込んでしまった夫。懲役3年(求刑は4年)に執行猶予、保護観察がつく判決。うーむ。これからの夫婦の残りの人生を思います。
 
 やなせたかし氏へのインタビュー記事が面白い。
 
 手塚治虫さんについてーショックでした。あれは本当の天才。描くのがめちゃくちゃ速いのです。車の中でも描けるし、テレビで映画を見ながら描いて、終わったら「今の映画はあそことここたよかった」って。そんなことは普通の人はできませんよ。
 
 赤塚不二夫さんについてー無軌道と言われているけれど、すごい真面目な人。女学校で講演をするとなると、。三つ編みのカツラをかぶって、セーラー服を着て出てゆく。面白くしなきゃいけないと思いすぎる人なんですね。
 
行く人 来る人
 
瀬奈 じゅん さん から 霧矢大夢(ひろむ)さん
 
 タカラヅカ月組のトップスター交代。瀬奈さんはまっしぐらにスター街道を走ってきた華やかな人。12月に退団。後を引き継ぐ霧矢さんは、はやくからスター候補だったけどなぜか回り道して15年目での遅咲きトップ。タカラヅカは人生や社会の縮図のようです。初舞台から霧矢さんを応援していた嫁ハンの友人のピアニストは大喜び。来年2月のトップとしての初舞台を、名古屋まで見に行くそうです。
 
 杉山愛選手 テニス、ダブルスの名手です。今日、今期での引退発表。34才、まだやれると思うけど、本人が限界と思ったならしかたありません。
  
 最近読んだ作品
 
「 鬼山権十郎の仇討ち 」 池波正太郎
 
資料の間から偶然見つかった未発表短編。昭和40年代のものらしい。
 
 将棋元でのケンカで斬り殺された父の仇討ちに出掛けた、鳥羽藩の武士権十郎は、旅の途中、見かけた村娘に欲情して山道で襲いかかったところを、通りかかった盗賊に殺され、盗賊は権十郎を埋め、金を奪ってさってゆく。気を失っていた娘はわけがわからないままに村に帰って幸せな結婚し、権十郎の父を殺した山口小太郎は、腕の立つ権十郎を恐れながら諸国を逃げ回っている。そして25年。故国ではもう二人のことは噂にも上がらなくなった・・・。
 
 とぼけた味のある池波ワールド。

2009年9月6日
 
「 わが去りし家を継ぎたる弟のふたたび立てず 病むはせつなき 」 
                新聞歌壇から 横浜市 伊東さん
 
 伊東さんも長男なのでしょうか。せつない複雑な思いが溢れます。わかります。
 
 うちの弟は今のところ元気でいてくれますが、すごいビール飲みなので、心配です(弟は兄さんの方が心配だと言うー苦笑)。
 
 いろいろあってやっと週末。金曜の夜は、久々アベノの馴染みの店で常連さんと痛飲。記憶はおぼろ、翌朝、だれかになにやら頼まれたような記憶がかすかに残っていて気になり、同席していた仲間に電話。
 
 かんさん、○○さんに調べもの頼まれて、よっしゃあ言うて、メモ預かっていたよ!
 ええーっ!ホンマ!
 
 慌てて、ポーチをひっくり返したら、見覚えのないメモが・・・。
 
 改めて、おそろしい。酒の席での約束、預かりものには今後絶対、注意しなくちゃ。それより酒を控えればいいのですよね・・・。やっぱりこれが難しい。
 
 新米刑事の下の息子、帰ってきて食事もしないで、すぐ電話してペコペコ謝っている。
 
なんや?また酒で失敗でもしたんか?
お父さんとちゃうで!
 
実はー
 
私服で容疑者のマンションの前の街路樹の陰で張り込み中、巡回中の元同僚の警察官から、かんさん、久しぶり!休暇?と声を掛けられたらしい。
 
慌てて、しどろもどろに応えて、相手を追い払う仕草をしてしまったらしい。元同僚に悪かったとしきりに悔やんでいる。
 
しゃあないやん!仕事やもん。わかってくれるよ。でも、張り込みはもっと目立たないよう、街路樹に同化せんとあかんのやで。
 
そうか、街路樹に同化ねえ・・・おれは忍者か!?
 
無事、逮捕に至ったようです。
 
 土曜日朝、2ヶ月振りの歯科医院での定期検診。歯茎が一カ所腫れているので、レントゲンで確認。やはり前に痛んだ歯の根本に膿が溜まっているらしい。相談して、今の内にと、即、麻酔を掛けて切開、除去してもらう。あちこちにガタが来ているから早めに手を打つにこしたことはない。五千円の経費は痛いけど、長い目でみたら安いものかもしれません(そう思うことにしよう!)。
 
 歯医者の壁の宣伝に「ティース・ジュエリー」とある。歯の下の部分に小さな宝石を貼り付けるのですって。そういえば、そんなのをしていた受付の可愛い女の子が今日はいない。
 
どうしはったん?
八月に出産したんですが、お子さんが未熟児で、その世話もあるからと退職しはったんです。
 
(結婚してはったんだ!)
いつも検診日の前にハスキーな声で確認電話くれたのに(今回は違った)・・・八年間も勤務しておられたんだ、人妻でもおかしくないですね。Nさん、ご健闘、ご幸福を祈ります。
 
麻酔が効いたまま、午後、炎天下で4時間テニス。めろめろ、くたくたでした。
 
 日曜はこちらも2ヶ月振りの座禅。障子越しの朝の日射しもちょっと柔らか。気持ちいい。先日の雑誌で、座禅で打たれて告訴したヤツのニュース(笑い話のネタかと思いました)がありましたが、そんなアホ、警察も検察も門前払いを食らわせなさい。なんでも裁判に持ち込んだらええちゅうもんちゃうで。
 
 いい日和なので、午後から二上山へ。今日は違うルートで登る。日焼け止めが不要なほど、木陰の小径ばかり。友人に借りた双眼鏡が大正解。雌岳山頂から、畝傍山麓の仲人の住む村、振り返って、マンションのわが家の窓、遙か大阪市内の上の息子が勤務するホテルも確認できました。霞んでいなかったら明石大橋も見えたはず。帰りに道端の農産物直売店で、身の締まったきれいな大根(180円)を買って帰る。これでジャコも秋刀魚も更においしくいただける。いい気分転換ができた一日でした。
 
 でも、なぜか歩数は七千歩。いい山で、これからも登り続けたいとは思いますが、運動量としてはイマイチなのでしょうか。
 
 最近読んだ本
 
 ホテルシリーズの後書きは氷室冴子さん。彼女らしく、解説ではなく短編仕立てで。
 高度成長期の手前、小笠原諸島の小さな島のリゾートホテル。スキューバ仲間が集まってくる。「私」は年下の恋人とのどかな時間を過ごす。
 
 やがて、スキューバ人口のほとんどが沖縄、グアム、サイパンに行くようになり、島のホテルはたちまち寂れてゆく。私たちふたりしかいないホテルはひどく騒々しいものに思える。
 
 「恋と歳月はあまり相性がよくないらのだろう。島へゆこう。それはもう遊びでさえなく、ただの習慣になっていた。潮が引くように私たちの恋は醒めていた。恋を失うのは痛いものだ。せめて決定的に相手を先に傷つけるのが自分でありたくないという絹のような優雅な卑怯さが、私たちをかろうじて結びつけていた」
 
 客のいない中庭のプールはライトアップもされず、濁ったように見える水をたたえて、月影を映している・・・。
 ホテルは華やかだけれど、どこか寂しさ・哀感が漂うところ。それは人の出会いと別れの象徴的な場所だからでしょうか。短編集の題名は「贅沢な恋人たち」(幻冬舎文庫)でした。

2009年9月4日

「 難しい葉も添へけりな 市の枇杷 」 瓜流

ごわごわで黒っぽい緑色、大きくて使いようがない枇杷の葉(大根や人参の葉は使える)を「難しい」と言いとめたところがこの句の命なのでしょう。瓜流は京都の人。この「市」は錦市場かな。もっと町外れの小さな市場かも。でもあの葉があるから、クリーム色の枇杷の実が生きます。「添えていたなあ」と、昼間に見た市場の情景を夜に回想しているのですね。

昔、家の裏山の枇杷の木に登って実を食べていたら、目の前の大きい葉の裏に蛇がいた!生涯の恐怖体験ベスト10に入る記憶です(苦笑)。今思えば、よく落ちなかったものだ。

まったくの思い込みで、誤記してシマイマシタ。「『餡入りのたこ焼き』って珍しいですね」という反響に、そんなもんあるかい!と思ってふと見直せば・・・

「蛸」と「鯛」の大間違い。「鯛焼き」でした!「蛸やき」と「明石やき」ではそれほど変わりませんよね。

「餡抜きの鯛焼き」50円が昨日の話のポイントでした。お詫びして訂正します。

今日のラジオは「ご近所の事件」。尼崎近辺にお住まいの主婦からのファックス。

町内の診療所。80才の元気な先生のやさしい応対が好評。

ところが、先生が40代の女性患者さんと恋仲に。それが先生の奥様にバレて彼女が診療に訪れる日は、診察室から2人の女性の罵り合う声が町内に響き渡り、みんな興味津々それを聞いている・・・。

なんで診察に来るの、どうして外で逢わないのだろう、と思いつつ、先生の困った顔を想像して笑ってしまいました。

最近読んだ作品

「 デューク 」 江國 香織

愛犬デューク(落語と音楽と卵料理が好きで、横顔がジェームス・ディーンに似ている。キスがうまい)を老衰で亡くして、泣き続ける「私」。電車の中でも泣いている私の前にたった爽やかな少年は、それとなく人波から私を守り、半日付き合ってくれる。プール、美術館、落語・・・最後に「僕も幸せだったよ」と言ってキスをしてクリスマスの夕暮れの銀座の雑踏に消えてゆく・・・。

おそらく17才の老犬は17才の少年になって別れを告げにきたのでしょう。小道具の使い方、伏線が巧みで、しかもあざとさがありません。「ペットロス」を扱って哀感と爽やかな読後感があります。

授業で採り上げたら、めちゃ好評。ひさびさクリ−ンヒットでした。


2009年9月3日
 
「 アロハシャツ 着るなら傘は 置いてゆけ 」  山本 千代子
 
アロハに傘は野暮。バッグも野暮。雨に濡れても手ぶらで颯爽と歩いて行け。
 
 最後の踏ん張りが効かなくて、最後の授業を休んだり、期末考査を欠試したり・・・。近年特に顕著な傾向です。なんや悲しい。
 
 昼休みにラジオを聴くのが楽しみ。ラジオはテレビに比べて、リスナーとパーソナリティの距離が近く、アットホームな感じ。今日はリポーターが明石に行っている。
 今年で制作100年目のものは?
 明石だから「明石焼き」?
 ぶぶー。正解は「タコ焼き」・・・そういえば、タコも明石の、名物でした。
 そのたこ焼きやさんからリポート。
 
 最近「餡の入ってないたこ焼き」が人気なのだそうです。
  私は餡好きですが(できれば粒餡)、餡が苦手な友人もたしかに数名います。
  裏メニューだったのが評判を呼び、人気メニューに。
   ちなみに、餡入り 110円 ハーフ 80円 餡なし 50円だそうです。この価格もいい。
 
 
最近読んだ本
 
「危険なアリア」 村松 友視
 
ホテルシリーズ第8弾。今回の舞台は「京都ブライトンホテル」。ここは泊まったことがあります。
 
ホテル5周年記念の催しに独特の構造のロビーアナトリウムをオペラハウスに変貌させ、常連客を招いて、国際的プリマドンナ中丸三千繪のソプラノリサイタルを開く。
 
 東京に住む中年男「甲斐」は若い愛人「桃子」に新幹線とリサイタルのチケットだけ送って、ホテルのロビーで待つ。桃子は来ない。
 
 盛り上がってゆくすばらしいリサイタルに歌声に聴き惚れながら、見上げた吹き抜けの上階の廊下に桃子の姿をかすかに認める甲斐。この微妙な時間を盗んで桃子は他の恋人と逢い引きをしているのか・・・?
 
 事実と虚構の中で、甲斐の妄想ははてしなく脹らんでゆく・・・。

「おそろし 三島屋 変調百物語 」 宮部 みゆき


 「家の光」(なつかしい雑誌―実家で講読していました。まだ、あったんだ!)に2006年から2年半にわたって連載された作者お得意の江戸怪奇モノ。


 神田三島町の一角にある袋物屋の「三島屋」に主、伊兵衛の姪「おちか」が身を寄せる。おちかは川崎の大きな旅籠の娘だが、ある陰惨な事件によって深く傷いている。訳知りの伊兵衛はその傷を、より悲惨な事件の当事者たちの話の聞き役をさせることで癒してやろうとする。


 屋敷の奥「黒白の間」での話のやりとりの中で、おちかの心が開かれてゆく一方で、より大きな闇の世界も彼女を取り込もうとする。江戸の風俗をうまく取り入れつつ、人情の機微、人間の弱さ、優しさ、怖さを縦横に紡いでゆく作者の語り口はさすがに手馴れたものです。


 でも、後半、心理ミステリーが怪奇ファンタジーにねじれこんでゆくのがちょっと強引で、最後のあやかしの正体との対決も高揚感に欠けます。それに温厚だった人物がぶちぎれて、執拗、残忍な殺しに至るシーンがここだけ現代みたいで興を殺ぐ。時代物らしく優雅に?殺してほしい。

 いずれ、連作にしてゆく構想があるのだろうけれど、これぐらいの長編になるとやはり完結してほしい。半端でカタルシスに欠ける結末でした。

 

2009年9月2日
 
「 くろがねの秋の風鈴 鳴りにけり 」
 
 古市の路地を歩いていると、しきりに澄んだ音が響いてくる。町は隣接する誉田八幡宮の祭りが迫っていて、高提灯も上がり、華やいでいます。風が強くなってきました。気持ちがいい。帰って嫁ハンに言うと、台風の余波ちゃう?確かに。急いで窓を閉める。
 
 確か飯田蛇笏(いいだ だこつ)の句だと思ったのですが、自信なし。最近特に固有名詞が出てきません。『ウィキペディア』で調べる。正解でした。
 
1885年明治18)4月26日 - 1962年昭和37)10月3日)は、日本俳人。本名、飯田武治(いいだ たけじ)。別号に山廬(さんろ)。

山梨県東八代郡五成村(のち境川村、現笛吹市)の大地主で旧家の長男として生まれる。

五成村では、古くから俳句が盛んで蛇笏も9歳の頃より俳句に関心を持つ。

旧制甲府中学(現山梨県立甲府第一高等学校)を経て、1905年(明治38)早稲田大学英文科入学。早稲田吟社の句会に参加。若山牧水らとも親交を深める。高浜虚子の主宰する『ほとゝぎす』にも投句した。この時は号を玄骨と称していた。

1909年(明治42)、虚子が俳句創作を辞め小説に傾倒するとともに、蛇笏も俳句から遠ざかり、早大を中退し帰郷。その後、虚子の俳壇復帰と共に俳句の創作を再開し、『ほとゝぎす』への投句を復活する。

1914年大正3年)、愛知県幡豆郡家武町(はずぐんえたけちょう、現西尾市)で発刊された俳誌『キラゝ』の選者を担当。1917年(大正6)、同誌の主宰者となり、誌名を『キラゝ』から『雲母(うんも)』に改める。1925年(大正14)に発行所を甲府市に移す。

1932年(昭和7)、処女句集『山廬集』を出版。故郷・境川村での俳句創作活動を続け、1962年(昭和37)没。享年77。忌日の10月3日は「山廬忌」という。

5人の男児をもうけたが、そのうち次男が病死し、長男・三男が戦死。四男の龍太が家督を継いだ。龍太はのちに『雲母』を継承主宰した。(同誌は1992年(平成4)に終刊となった。)

1967年(昭和42)に彼の功績を称え、角川書店が『蛇笏賞』を創設。毎年6月優れた句集に授与している。

 3人の息子さんを亡くしてはるんや。龍太氏が長男ではないと知ってはいたけれど・・・。龍太氏も病弱だったけれど、天寿を全うされて数年前に亡くなられました。300年続いているという飯田家はどうなっているのでしょう?

 午後、大阪市内に出張。難波「新歌舞伎座」ウラの専門学校。「新歌舞伎座」はもう灰色の塀に囲まれている。好きな建物ではなかったけれど、上六のビルへ移転してしまうのは寂しい。やはりミナミには芝居小屋があってほしい。

 雲の切れ目から月。今日は旧暦7月14日。来月10月3日がもう「仲秋の名月」です。

最近読んだ本

「東京ステーションホテル」 森 瑶子

 ホテルシリーズ第7弾。明子は結婚11年目の主婦。子ども達、夫、近くにある実家・・・。満ち足りているようで、なんとはない不満が溜まってきている。夫に気を遣いつつ初めて出席した小学校の同窓会で、ふと誘われて2次会へ行き、憧れだった男の子が精彩を失い、目立たなかった男の子が世慣れた紳士になっていることに瞠目する。そして、彼に誘われて、京都行きを承知してしまう。

 親友の奈美子をダシにして、渋る夫を説得し、子どもの世話を実家の母に託し、新幹線に乗ろうとして、これから会おうとする男が好きでもないことに気づく。明子は内田百閧煦、したプラットフォームを見下ろせるホテルで、2日間、非日常の暮らしをしようと決心し、奈美子に電話しホテルでの食事に誘う・・・。

 森瑶子さんはこういう女性心理の揺れを描かせると本当にウマイ。

2009年9月1日
 
「 に、し、び、き、れ、い、ね、と人工発声器 」  新聞俳壇から 札幌市 諸中さん
 
 日射しは強いけれど、空は高く、風は爽やか、気持ちよい一日、やわらかな西日が心に沁みる夕暮れでした。
 
 出張で大阪市内に出て、四天王寺近辺を歩きましたが、街も初秋の光に溢れてきれいでした。地下鉄を使わず、一駅分歩く。帰りにアベノ近鉄の催事場で行われている「四国物産展」で「ぶっかけうどん」を食べる。四国は今までも何度かあったように思いますが、今回は愛媛からの出店、出品が少ない。お酒も高知と徳島だけなのが不満。でも懐かしい言葉が溢れている。
 四国もまた美しい季節に入ります。連休にでも帰れたらいいなあ。
 kanchan_2009_9.htm へのリンク
 夜に四国の弟と電話であれこれ話す。
 
それにしても、あれだけ民主に風が吹いても、四国の自民の地盤は揺るがなかったねえ。
そうやろ、地元の僕も信じられん思いじゃ。
 
やはり、四国は住みやすくて、基本的に平和、それで保守的なんやろなあ、とふたりの意見が一致。
 
 就寝前のストレッチを3年前から続けてきました(泥酔時はパス)が、その効果はテニスなどに顕れていたと思うけれど、2月に腰を痛めてから前屈運動だけは避けていたのです。そろそろいいかな、と2日前に始めたら、体がめちゃ固くなっていて全然屈めない。でも、それは年齢的にも当然のことでしょう(苦笑)。焦らずぼちぼち戻してゆくしかないと思います。
 
 最近読んだ本
 
「 ドライヴと愛の哲学に関する若干の考察 」  山川健一
 
 ホテルシリーズ第6弾 。今回の舞台は「ホテル・ハイランドリゾート」。学生時代のサークルから長い付き合いでもう友情ともなれ合いとも言える男女。女性は上司との不倫に、男性も年上の人妻との出口の見えない恋に溺れている。それでも、それぞれの相手に会えない日曜に会って飲んで愚痴を言い合って・・・。
 
 女性が車を買ったことで、新展開に。男は女に運転とドライブテクニックを教える。「車を選ぶことは人生を選ぶこと」という男の哲学。運転に慣れた女はだんだんドライヴの距離を伸ばしてゆく。そして別れのドライヴとして出掛けた富士山麓のリゾートホテルで二人は初めて結ばれてしまう・・・。
 
 年と共に複雑になってゆく人間関係の糸を解すのは、案外ちょとした簡単なことなのかもしれない。



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